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Pan Records

戦前ブルース音源研究所

Pre War Blues Laboratories


【ロニージョンソンという謎の男に出会った】
 
 
メンフィスでジョン・ハートはロニー・ジョンソンになりすました男に会いましたが、
12月28日のニューヨークでは本物のロニー・ジョンソンに会いました。

その本物のロニーは、ジョン・ハートと一緒にスタジオ入りし、ジョン・ハートの新曲「
キャンディ・マン」のレコーディングに立会い、「それ、ちょっとキーが高くないか?も­う少しだけ低くした方がいいぞ。」
というアドバイスをしました。

「ワシは忘れもせん、マネージャーのロックウェル氏が入って来て、"誰が勝手に変えてるんだ?"
すると、ロニーは言ったよ、"俺だ、あまりにも高すぎるんだよ、この方が全­く問題無いと思うぞ。"と。

それでワシはそれが確かに本物のロニーだったと知ったわけじゃよ。」


1928年12月にロニー・ジョンソンとミシシッピー・ジョン・ハートはニューヨークでなぜか同じスタジオにいて、
ロニーはマネージャーに無断でジョンにアドバイスしたわ­けです。

その後、ジョンはロニーのピアノ伴奏でライブをやったり、ロニーの家での小さなパーティにさせてもらったり、
買い物に連れて行ってもらったり・・と交流を深め、故郷に帰り­ました。

この、もっと詳しい記事はどこかに無いでしょうか?

ジョンが偽物のロニーに会ったのはいつ頃のことだったんでしょうか?

1928年2月にロニーはメンフィスにいました。この時でしょうか?

2月のメンフィス録音で、ロニーはプレイング・ウィズ・ザ・ストリングスを含むインストを4曲吹き込んでいます。
(なぜかこの日歌を歌っていません。)


1928年2月ごろのメンフィスのオーケー社のカッティングマシンは確実に70回転です。

それは、ジョン・ハートのフランキーの演奏、ロニー・ジョンソンのプレイング・ウィズ・ストリングスは
両方ともはぼ1音の音程誤差が発生しています。

おまけに、このカッテ­ィングマシンの精度は非常に低く、回転数が安定していません。

そして、同じく1928年12月のニューヨークのオーケー社のカッティングマシンは72~74回転で、
約半音の音程誤差が発生しています。

これも同時期のロニーのオーケー­社のニューヨーク録音と同じ状況が発生しています【所長】



 
この部分の会話の原文(英文)が、果たしてどこに掲載されているのかは未確認なのですが、
遥か昔の出来事の想像をみんなでしてみましょう。もう一度読んでみましょう。

【その本物のロニーは、ジョン・ハートと一緒にスタジオ入りし、ジョン・ハートの新曲
「キャンディ・マン」のレコーディングに立会い、「それ、ちょっとキーが高くないか?も­う少しだけ低くした方がいいぞ。」
というアドバイスをしました。

「ワシは忘れもせん、マネージャーのロックウェル氏が入って来て、"誰が勝手に変えてるんだ?"すると、
ロニーは言ったよ、"俺だ、あまりにも高すぎるんだよ、この方が全­く問題無いと思うぞ。"と。
それでワシはそれが確かに本物のロニーだったと知ったわけじゃよ。」】


録音の回転速度と再生時の音程の違いのカラクリを知り興味のあった 
ロニーは何故かエンジニア・ルームの操作にまで首を突っ込んでおります。

初めは自分の演奏のプレイバックを聴き確認するためであったのかも知れません。


録音時間を大幅に長くする設定においては、再生時にあまりに印象が異なってしまいます。
それを知った上で 何気に演奏のアドバイスかの様に装いロニーは、ジョンハートに言いました。 
「もう少し低いキーでの演奏の方がしっくりくるよ。」


そ して機械の設定を可変、後から来たエンジニアは「誰だ勝手に変えてるのは?」
「俺だ、あまりにも高すぎるんだよ・・」 
このあまりに高すぎるとは、プレイ バックの再生音の事を言っていたのではないだろうか? 

例えば 70rpm辺りの設定を74rpmあたりに変えた それをエンジニアが注意をした。

再生すると本来の演奏よりも一音も高いことになる、そのために半音誤差にする。 
ロニーはキーが高いから半音下げるように指示を出し再生時には同じキーになる様にとの気遣いであった。

こんな推測的 物語は如何でしょう 【主任】



 
この曲の録音時に、スタジオになぜかロニー・ジョンソンがいて、「この曲のキーが高いからもっと下げた方が良い。」
というアドバイスをジョン・ハートにしたということです。

しかしこのロニー・ジョンソンはこの年の2月にメンフィスで出会ったロニー・ジョンソンとは別人だったとジョンは証言しています。
しかし、2月にメンフィスでロニーは超絶的インストを吹きこんでいます。

そして12月にニューヨークで出会ったロニーは、ギターではなく、ピアノでジョンの伴奏をしたのです。
2月のメンフィスのロニーと12月のニューヨークのロニーは同じ人物なんでしょうか?

ジョン・ハートとロニー・ジョンソン・・・、全く違ったスタイルの2人が不思議に絡んでいます。
さて真相は・・・。



エ ンジニアの操作にまで首を突っ込む、ロニーはすっかり大物の貫録です。

ニューヨークにいたロニー・ジョンソンは間違いなく当時から戦後まで私達が知ってい るロニー・ジョンソンでしょう。
そうでなければすぐに判ります。ビクトリアとのピアノセッションもこいつに違いありません。
下手くそな方のフィドルもロ ニーでしょう。

ここで浮上するのが、彼の兄弟達の存在です。
とくにクレジットに表されている ジェイムス・ジョンソンの存在です。
ではジェイムス・ジョンソンが参加しているとされる楽曲を検証してみましょう。【主任】



 


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