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お問合わせ
labo@pan-records.com
Pan Records

戦前ブルース音源研究所

Pre War Blues Laboratories



【HISTORY OF BLACK DIAMOND STRINGS】

"Black Diamond Strings " はアメリカ北東部に位置するコネティカット州(Connecticut)で、
”アレキサンダー・M・ポール”によってさほど
大きくない弦のメーカーとして 1890年 に設立しました。 
 
7年後の1897年アレキサンダーは ニューヨークで "Bell Brand Strings"  を
リリースするメーカー " Rice Musical String Company"
 の”トーマス・ネルソン・Jr” とニュージャージーの弦メーカーであった " Bellvill " のオーナー
 ”
ン” と会社を合弁し" National Musical Strings, Co" を設立しました。
 


実質のオーナーは、”ジョージ・ダウ・エマソン”となり ”National Musical Strings” は
合弁した2つのブランド ”Black Diamond Strings" と
"Bell Brand Strings"を柱として弦の販売を進めて行きます。
 
アメリカのクラフトマン・スピリッツ、家のガレージで細々と生産するという格好
良さもあるのでしょうけれども、" National Musical Strings " は 
ガレージといった小さなスケールではなく、正に巨大なファクトリーでした。
 
合弁の理由には 弦楽器業界に新しい大きな波が必ず来ると確信が
あったからではないでしょうか、輸入弦からアメリカ生産の弦へそれは新しいスティール製の弦です。
 
工場内には、各工程に分けられた部門ごとの多くのエリアとプラントがありました。

       
 
パワーステーション(発電所)を備えており 製造工程に関わる多くを自社工業で行う事が出来ました。
 fig_1 fig-2 (2008)  
(1920s New Brunswick NJ) 研究所資料

 
当時のイラストが物語るように、この規模の工場で弦を生産しているのですから、
そのシェアはアメリカ全土に広まらずには在庫の山となってすぐに倒産です。

納品先は、楽器の大手量産メーカー全てと考えて良いでしょう。 

この100年近く前の資料に描かれている工場は、1982年に歴史的な建造物として
国立レジスターに登録され今現在も当時のままの姿を見る事が出来ます。
 
1920s 上空写真です。
fig-3      fig-4
 (1920s 研究所資料)                                                                                (2008)               

手前の2棟は取り壊されてしまってますが、本棟やその他は健在であり、クランク路地の家もそのままである事が判ります。
きっと関係者のお宅であったのだろうと想像しますが確認しておりません。
 
こちらは 本棟を縦に道路側から見たイラストです。 ウォータータンクは今は取り壊されています。


fig-5             fig-6

うっすらと 残る " National Musical Strings Co." の文字を確認出来ます。
工場は 各フロアーに それぞれに責任者がいました。
 1900~30年 従業員名簿や写真より従業員はほぼ白人であったと思われます。
 


【 当時の作業風景 それぞれのフロアーの写真と従業員名簿 一部公開 】
 
 
【president and Sole Owner - Mr.W.R.McCLELLAND】
Main Office- late-1920s
 
Main Office - Mr.E.T.Barcalow,Treasurer
Office Assistants - Mr.W.F.Minschwaner,Bookkeeper
Mrs Edw.V.Wolff , Miss Bertha Verheyen , Miss Irene E.Burkus , Miss Mildred M.Knight
STRING DIVISION Production Office
Mr.Eric V. Goodwin, Superintendent
Mr. J.M.Voohees,1st.Assistant Mr.Clifford Wolff,2nd.Assistant
 
 
【WIRE STOCK AND SPOOLING DEPARTMENT】
wire spoolong depertment
 
Mrs. Mary Francis - Stock Clerk .
Miss Margaret Dickinson - Assistant 
 
 

 
あまり知られておりませんけども National Musical Strings Coは 
実は初めてアメリカ・メイドのハーモニカをリリースした会社でもあります。
(残念ながら写真は無いです)

アメリカの楽器産業というのは、1800年代より楽器の部品の多くをヨーロッパ(特にドイツ)
からの輸入品に頼っており、例えばギター等のチューニングマシン(ペグ)や切削済みのブリッジ、
カポタストに至るまでが輸入品でした。


その後 チューニングマシンやカポも ハーモニカの様にアメリカ生産へと移行して行くのです。
ハーモニカは結局ドイツの "HOHNER"に勝てませんでした(笑)

逆に マンドリンなどのアメリカ本土で火が付いた大人気楽器などはヨーロッパへ多く輸出された様です。
 
ギターという楽器に革新をもたらしたのが鉄弦の登場です。
 ガット弦であったギターの弦はスティール弦に変わり始めます。
 
 fig-7


National Musical Strings 設立の2年後 1899年 市場支配を進める大手 
”The American Musical String Company” を買収し益々追い風に乗ります。

この時点でアメリカ最大の弦メーカーになったと想像出来ます。

1830年代 " C.F.Martin " がペンシルバニアに引っ越すまで協力関係にあった
 " C.Bruno & Son " (1834年設立) や、早くから(1902年)鉄弦を採用し斬新なギターをリリースする
 "Gibson" など多くの楽器メーカーの要望や商品開発にも関わった製品作りをし
 更にシュアを伸ばします。


楽器メーカーは、Lyon & Healy や親戚にあたる Larson Brothersが
筆頭に鉄弦ギターを続々リリースし始め、それらのOEMを手掛けるシカゴの ” Regal " や
" Stromberg Voisinet"などが大手通信販売会社の "Montgomery Ward"などに大量に納品を開始していました。


もちろん 通販ライバル会社 " Sears & Roebuck" に納品する
 " Harmony " " Stromberg Voisinet " にも積極的に納品をします。
 
この通販会社 2社を抑えたら他にライバルはおりません。

 ちなみに " Oscar Schmidt " シアーズの高級品を担当していたという定説は正しくないと思います。
シアーズは ほとんどが Harmony (シアーズの子会社)です、

そしてたまに Stromberg (後のKay)も納品していた様です。
 
 fig-8                fig-8_2 


オスカーは、1920年代30年代初頭 とても多くのブランドのギターを生産しておりました。
カタログにはアフターパーツとして弦も掲載してます。

fig-8 La Scala は高級モネル弦 fig-8_2 Gold Seal はシルバー弦と異なるモデルを提供してます。

一押しブランドというところでしょうか・・・


fig-8_3

1932年Oscar Schmidt (Stella) カタログの下段には fig-8_3の記載の通り
 Black Diamond と Bell Brand  Strings この二つのブランドが楽器界では
高い知名度と需要があった事実を知ることが出来ます。

スティール・ストリングス(鉄弦)の誕生と同時にギター界には もうひとつの革命が起りました。
 そうです ティルピースブリッジの登場です。


 fig-9


これまでのグルー(接着)タイプのブリッジと比べ、
テンションのキツイ鉄弦にも耐えられる構造です。


もちろん接着タイプのブリッジは 現在まで残っております様に決して
取って変わったのではなく ギターはアメリカで新しい進化を遂げ演奏する曲や
演奏法にも変化をもたらしたのだと思います。


その大きな変化の一旦は National Musical Strings Co
 (Black Diamond Strings / Bell Brand Strings)であったのだと言っても良いでしょう。 





fig-10  fig-10_2(1909-Sears & Roebuck Catalogue より 研究所資料)                       (1934-Montgomery Ward Catalogue より 研究所資料)


早い段階でアメリカン・ギターの鉄弦シェアを確保していた事実は 大手通販楽器カタログなどでも確認出来ます。


fig-11  


1900~1930年代までの通販資料には この様にBell Brand が掲載されている事実があり、
fig-11の様に " Harmony "が製作していたシアーズのギターを買うと、
Bell Brand Strings  がオマケでついてくる事からも、National Musical Strings が
シカゴのハーモニーへ納品していた事実を知ることができます。



National Musical Strings は、アフターパーツだけでなく、大手量産楽器メーカー各社へ
完成アッセンブル用弦の納品もしていたのでしょう。

 
National Musical Strings Co (以下NMS)は ブランド名を使い分けて楽器弦をリリースしていました。
” Black Diamond Strings " "Bell Brand Strings" "Lyrics Strings" 3種類の自社ブランドと多くのOEMブランド品です。
 
 fig-12  
 (1914-15 Sherman Clay Wholesale Musical Instrument catalog)
 
  fig_13    
(1931 The Rudolph Wurlitzer Company catalogue) 
 
 
高級志向の " Black Diamond Strings " は、fig-12の様にスティールの枠に
ガラスを嵌め込んだショウケースをストアー用に作りました。

NMSの中でも高級の位置付であった Black Diamond は、
専門店で販売されたり大型楽器メーカー等で扱われる事が多かったと思われます。
 
fig_14   fig-14-2

fig-14 は シルバー弦が詰まったキャビネット・キットです。 
シルバー弦は 黒い箱に入っていました。 

これは1920年代から30年初頭ではないでしょうか?

 fig-14_2には価格表が貼ってありますが古い価格表を剥がして、
新たにブロンズ弦 キャビネット・キット用の価格表に張りかえられてます。
 
1930s Cabinet (研究所資料より)
  fig_15         fig_15_2

次に出たのが こちらのキャビネットです。黄色い箱はブロンズ弦です。 
ご覧の通りなのですが見落としてはならないのがイラストです。

fig-15_2にはモネル弦が描かれており、Black Diamond Strings の文字に赤い縁があるデザイン、
これはfig-14からの引き継ぎデザインです。

その後単略化されたのだと想像します。何年か毎にキャビネットは作られたのでしょう。 
 
1920年化粧箱の蓋は、中央で合わさる形でした。


fig-16                     fig-16_2

箱の大きさは 4-5/8インチ 約110ミリの正方形です。


ブリキで出来たタイプの正面はガラス張りになっていて、お客さんに対するアピール露出高価は
大きく更には正面から取れない事で万引き防止にもなっています(笑)

 商品は裏側の両スライド式扉より出し入れが出来ます。
下の段にも小物などをストック出来る様になっています。

また、裏面の扉には 即座に対応が出来る様に 弦の単価などの価格表が貼り付けてあります。

この様なストアー向けのディスプレイは、年代事に違ってきます。
ガラス張りのディスプレイからコストダウンを図ったブリキにイラストを描いたキャビネットになり

更には、格子状のキャビネットになり、黒い分厚い箱にアソートされたBox、
更にはただの大箱、そして弦を単品で下から引き抜く厚紙で出来たディスプレイへ・・・

半世紀(50年)の歩みでは、様々な事があった事でしょう。




fig-17      fig-17_2


1940s のキャビネットは、搬送、移動時のリスクやコストを配慮してか完全にブリキ製になってます。 
イラストも少し違いますが真ん中で合わせる蓋です。

同じ形でも イラストのデザインが違うタイプもあります、
価格表の違いも年代を知る為の参考資料となります。


 fig-18   fig-18_2


おそらく1950年代のキャビネットだと思いますが はっきりとした資料は無いので判りません。

ブリキの時代は古くなり 格子状のディスプレイになりました。

上部の看板の部分は跳ね上がり式になっていて、そこから弦のボックスセットのストック分を入れます。
下段は良く動く商品ボックスを入れておく事が出来ます。


この頃には化粧箱は真ん中で合わせる形ではなく普通の箱になっていたと思います。

その前に、fig-14 や fig-15 にセットされているような、ディスプレイ用に箱の側面に
シールを張った普通の箱形状になりました。 


それとは別に上下とも蛇の鱗の様な豪華仕上げのタイプもありその後
 その豪華な箱は、下は単なる厚紙の様になりだんだんと安っぽくなって行きます。

 
     fig-19    fig-19_2

いよいよ せこくなって参りましたよ。 ただの大きな箱です。 
しかし、ガッチリとして蓋には蝶番が付いてます。

1940~?1950年代~?でしょうか?
 
fig-20 fig-20_2  fig-20_3


更にせこくなって ただの1ダース厚紙箱  それから 1セットづつ?(一袋づつ?)
下から引き抜く箱 イラスト写真も最低なセンスとなって行きます、1960年代です。


fig-20 の時代の大きなポスターなどの販促品も所有しております。
  1970年前です。 

 1970年 " Kaman Musical Corporation" と合弁し工場は閉鎖します。
  その後ニュージャージーのブロンズウィックから コネチカット州へと生産拠点が移ってしまいます。 





 fig-21   fig-21_2



National Musical strings Co は 1979年には、ブランド名は残るものの会社名は 
" Kaman Music Strings " と変更されてしまいます。


 
fig-22


( 研究所所有 大多喜ブルースフェス内 研究所講演 展示風景 National Musical Strings コレクション 2012_10_28)
 
 
【 Power and Heating Plant 】
 fig-23
(1920s 研究所資料)


発電や暖を取る為のパワープラント(火力発電)です。 
この様に当時の工場は 一般家庭の電力供給事情とは異なり、工場に自社のパワープラントを持っていました。 


(* グラフトンのParamount Records工場では、ミルウォーキー川を利用した水力発電システムも採用していました)
1920年 後期 このプラントの作業をしていた方のリストです。



" Firemen"    Mr. Wm. Healy        Mr. Alfred Price         Mr. J. Kocsis
" Roundsman"  Mr.A.Reeves



【 ロンドン オフィス】


1920年代後期 1929年の資料によると National Musical Strings は イギリスにもオフィスがあった。

イギリスは 当時音楽的需要が多くあった事が想像出来ます、イギリスに事務所を構えた理由はイギリス国内の
ディストリビューターへの細かい対応の為であったと思います。


 fig-24
(研究所資料 1929年)


ヘッドオフィスと工場の住所は ニュージャージー州 ニューブロンズウィックとなっています。

1897年合弁以降 National Musical Strings の社長と努めてきた
ジョージ・ダウ・エマソン氏は20年後の1917年、まだまだ 勢いあるこの会社の権利をビジネスマンである
ウィリアム・R・マクレランド氏に託します。


ウィリアムは 1917年から勢力的に営業を続け益々ブランドは広がりを見せました。

この時期というのは、大手通販メーカーであったシアーズ&ロバックがカタログ記載商品に
オリジナル・ブランドである " Supertone" を立ち上げ、またライバル会社である
モンゴメリー・ワードが " Concertone" を追いかけて立ち上げた時期でした。


高級グレードの "Black Diamond Strings" そしてシアーズなど量販向けのマーケットに流通させた
"Bell Brand Strings " この違いというのは、製品の品質上の差というよりも
販売ルートの差別化という意味合いが強かったかも知れません。


【デーラー向け Bell Brand キャビネット】
 fig-25         fig-25_2
(研究所資料 1920s)


このキャビネットは、ディーラー用に$25で販売していたと上記資料から判ります。

fig-25_2 は 当時のまま残るキャビネットですが 正面はガラス張りで
Black Diamondのキャビネットとほぼ同じ作りです。

しかし、裏は横スライドの扉ではなくて、蓋を上から下へ開く構造になってます。(どうでもいい情報ですけれども)
Bell Brand のキャビネットは Black Diamond のキャビネットに比べると 若干小ぶりです(fig-22参照)




 fig-25_3


 一応 ご参考までに。こんな感じです。更に下部は引き出し構造になっており、
当時のピックやバイオリンのブリッジやペグ等の貴重な部品が詰まっておりました。


  fig-26 

箱の大きさ  3-1/4インチ 約82㍉  Black Diamondと比べると大分小さいです。

ご覧の様に Black Diamond とBell Brand は、差別化の為に 梱包の化粧箱デザインや大きさを変えていました
。更に その下のグレードとしてビギナー向けの " Lyric "というグレードもありました。
  
次ページでは、いよいよ当時1920年代の弦のラインナップをご紹介したいと思います。


 次へ Black Diamond Strings 1890 - その2 


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