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お問合わせ
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Pan Records

戦前ブルース音源研究所

Pre War Blues Laboratories



The Gibson Musical String Company


ギブソン・ストリングス? と聞いたら、普通楽器メーカー の GIBSON を連想します。

おそらく1920~30年代に弦をリリースしていた会社であろう 
ギブソン・ミュージカル・ストリングスという名前。

この会社は、一体どの様な会社だったのだろうか? 
ちょっと気になるので判る限りで。


この Gibson Musical Strings は
Black Diamond Strings の National Musical Strings と深い関係があったのです。

 
"National Musical Strings" は 1900年~30年代多くの楽器メーカーや
ギターメーカーに弦を納品していた事実は確かです。


   (実際の納品・領収書などの資料があればより確かなのですけれども)

ご存じ楽器メーカーの "Gibson Mandolin-Guitar Mfg. Co, Ltd" にも納品していた事は間違いありません。

Gibsonは 1900年代 1910年代 そして1920年代後期も弦の製造はしてませんでした。
ほとんどの楽器ブランドメーカーは弦の会社より 弦を買っていました。 


もちろん1800年代からドイツを中心としたヨーロッパからの輸入弦を購入していた楽器
メーカーも多かったのでしょうし、全てではなく 中には自社で弦を作る楽器メーカーもあったと想像出来ます。


さて、Gibson Musical Strings Co は、私達が良く知るギターメーカーの Gibson と関係があるのでしょうか?
 
 
James Gibson  &  Frank Gibson  Brothers


James and Frank Gibson 兄弟、
彼らは "The Gibson Musical String Company" という弦の会社を経営していました。

 
我が研究所には この会社の当時販売していた 弦 が資料としてあります。
 相当に古いという以外には正確な年代の特定は出来ません。


 但し、それが50年前に販売されたとしても、80年前に販売されたとしても
現存していると言う事の事実からもある程度の生産があり流通していた事が想像出来ます。




 fig-1 はギター弦ですがループエンド仕上げとなってます。
            fig-1
         
私達が知っているギターメーカーの  ” Gibson Mandolin-Guitar Mfg. Co, Ltd” とは
関係がなかったと伝える記述も残っているようです。



Gibson 関連の本によると


ギブソン兄弟は 以前NMSの社員であり,彼らの弦は Gibson Mandolin-Guitar Mfg
弦の生産を始める1929年以前の弦の供給元であったとあります。




そして 彼らの会社は明かに 1932年までに倒産しなくなったと記してます。


まとめますと、楽器メーカーのGibsonは、1929年より自社ブランドの弦をリリースしたらしい。

そしてNMSはそれ以前にGibsonへ弦を供給していた、そこにギブソン兄弟は勤めていた。



 
もしくは、ギブソン兄弟はGibson Musical Strings を立ち上げたが
1932年には会社が倒産した、単に1929年以前弦の供給元に勤めていた事があるだけで、
Gibsonとは全く関係がなく、名前が似ているだけだ・・・

こう言うことで理解してよいのでしょうか?




 【National Musical Strings と Gibson Brothers】

1932年 突然の悲劇が訪れます、NMS 社長 ウィリアム・R・マクレランドは
心臓発作で急死してしまいます。


彼には妻も息子もいなかった為に NMS は " Bruno & Son Inc” に売却されました。

 Bruno は前ページでも記載した通り1834年からマンドリンやギターを生産し続けてきたメーカーです。



単なる楽器を生産するメーカーではなく、既に楽器の総合商社のようになっていました。


NMSのウィリアム社長の突然の不幸により、Bruno & Son はNMSの権利を得て、
支配人・責任者として ジェイムスとフランク・ギブソン兄弟を任命しました。(1932年)



その後 彼らは、”The Gibson Musical String Company” を立ち上げる為に
会社を去ったと伝えられています。
(現在のBlack Diamond Stringsからの情報提供)


何だか 双方の話には時系列で見解の相違があるようです。  
    この兄弟は、一体どこから来たのでしょうか・・・ 



この" Gibson Musical Strings Co " は " COLUMBIA " ブランドの弦を販売していました。

     fig-2     fig-3

(fig-2は、ループエンドの2弦です、時代は20~30年代でしょうけれども特定は出来ません)



ここに1929-30年の NMS 従業員名簿があります。
 しかし 彼らの2名の名前は全く掲載されておりません。


1929-30年の時点で彼らは NMS の社員・従業員ではなかった事になります。


では 一体いつNMSにいたのだろう、1929年以前に一旦退職し、再び責任者で君臨したのか?


兄弟で会社を退職(首になって)、なんでまた責任者に任命されるのだろうか、
よっぽどすげぇ兄弟ですって。



 "Gibson"は1929年以前はNMSから弦を供給されていた事は Gibson側の見解でも明かです。

実は1929年 自社ブランドの弦はOEMではなかったのでしょうか、
それ以前の弦の供給元としMSNを認めてますが彼らは弦を
ヌードで仕入れ、パッキングをしていた。 


オリジナル弦のリリースに当たり、自社工場での生産はもちろん、
ヨーロッパからの輸入鉄弦なども検討したと思います。


当たり前の事ですがOEMという生産方法は昨今始まったのではないし、
それはメーカーとしてユーザーへは伝えたくない情報である。


残念ながら1929年~30年代初頭と思われるGibsonの弦を持っておりません。

fig-4, fig-5 は比較的新しい時代の弦だと思います。
(もしも 現存する弦や資料をお持ちの方がおりましたら情報提供下さい)
 fig-4         fig-5



実際には ギブソン兄弟はNMSと楽器メーカーとの間のバイヤーであったと思います。 
ギブソンは1929年以降自社ブランドの弦をリリースしたのでしょうが、
その後もOEM生産であったか 弦を購入しパッキングをしていたのだと想像出来ます。



ギブソン兄弟は、その橋渡し的な役割をしていたのではないだろうか? 
いや ギブソンに限った話ではなく 多くの楽器メーカーや楽器の総合商社へのバイヤー的な仕事をブルーノの下で行っていた。
 だからこそ、世界一の弦メーカーに成長していたNMSの経営責任者に君臨したのではないだろうか?

・・・・・・

そもそもGibosnという会社の経営者や株主に ”Orville Henry Gibson” は入っておりません。
 彼は当初技術指導者として関与していたことは確かですが企業(会社)の株主ではありませんした。


Gibson Mandolin Guitar Mfg は複数の投資家が出資し設立された会社であって
Orvill Henry Gibsonは 設立の時点で特許権を売却しており、その後は特許料を頂くと言う関係でした。


ですから Orvill Henry Gibson すら Gibson Mandolin-Guitar Mfg 
関係がないと言えば 関係がない と言われる事もある。


Gibsonがオリジナルブランドの弦をリリースする時期に、Gibson Musical Strings という名前で
弦をあちこちのライバル・メーカーに納品されては迷惑という想像は容易です。

 
全く想像の域を出ないのですが、ギブソン兄弟は相当大きな楽器ビジネスに絡んでいたと想像出来ます。

 彼らが”Orville Henry Gibson” の子孫であったかどうかはわかりません。 

Gibsonの兄弟 Orzo and Lovell Gibsonの子供だったかもわかりません

  ただ 単に名前が同じだったのかもしれません。




【 残された弦を調べる 】


研究所には 多くの古い弦が資料として御座います。
年代によっても特徴はそれぞれにあるのでしょうけども 袋にも特徴がありました。

Black DiamondやBell Brandと異なり、多くの弦の袋は小さいです、
そして油紙(パラフィン紙)の袋に入っているのが特徴です。




fig-6         fig-7


Gibson Musical Strings の ギター弦もパラフィン紙に入れられておりますが、
他ブランドと比較し大きさが少し違います。

また 年代が多少異なるかも知れませんが バイオリン弦とギター弦でも大きさが異なります、
バイオリン弦は正方形、ギターは長方形です。


fig-8

写真だと 判り難いかも知れませんが fig-9の様に 他社の2-3/4インチの正方形に比べると
 縦が若干足りません。

これは 特徴として覚えておくべきポイントかも知れません。
袋はパラフィン紙ですが相当古いです… パラパラです・・・



 fig-9

Gibson Musical Strings のギター弦 パラフィン紙(油紙)袋 
 サイズ   縦 2 5/8 inch   横 2 7/8 inch   若干 長方形です。

  他社の多くは同じ様な パラフィン紙の袋ですが 
縦 2 7/8inch   横 2 7/8inch や 縦 2 3/4inch  横 2 3/4inch の正方形です。


Gibson Musical Strings  ギター弦  縦 2 5/8 inch 横 2 7/8 inch
TRUESOL  (New York) マンドリン弦  縦 2 7/8 inch 横 2 7/8 inch
ESTOMA     Germany)        バイオリン弦 縦 2 3/4 inch 横 2 3/4 inch
SUPERIOR  (Cechoslovakia) マンドリン弦 縦 2 3/4 inch 横 2 3/4 inch
Olympian           マンドリン弦   縦 2 3/4 inch 横 2 3/4 inch
ELDORADO  Germany)   ウクレレ弦   縦 2 3/4 inch 横 2 3/4 inch

この他にも Armours , Dulle-tone, John F Stratton's , Testimonial , Silver-Orchestra などの弦の袋の大きさも測定しました。
ほぼ全てが、正方形であり小さいです。 (2-3/4 inch = 69.85mm )

それに比べると Black Diamond の袋は巨大です、アメリカン生まれのニュアンスです(笑) 



 fig-10

Gibson Musical Strings は、他のドイツやチェコスロバキアなどの
弦メーカーの袋と紙質なども含め似ております。



しかし、大きさが若干異なる事から 油紙は輸入しアメリカ生産だったような気がします。
ヨーロッパの規格 2-3/4inch に比べると
アメリカ・メイドは 2-7/8inch と若干 大きめであるようです。



Gibson Musical Strings のヴァイオリン弦は、2-7/8inch の正方形でしたので
、ニューヨークのTRUESOLOと同じサイズです。



もちろん、輸入から始まった弦ですからヨーロッパの規格をそのまま引き継ぎ
アメリカ生産したブランドもあったと思います。

残念な事は、ギブソンのオリジナル弦1929年?~19??年
 製造した弦の袋や弦そのものを確認出来ていない事です。




  


ギブソン兄弟は1920年代 NMS から Gibson へ弦を供給するバイヤーとしての役割をし
The Gibson Musical String Company” を立ち上げていた。



 いや 1929年以降も 弦を供給してきたのではないだろうか?


もしくは 全く別に弦を製造していた小さな会社、
いやドイツから弦を輸入する貿易商だったのかもしれません。


1932年 社員でもなかった彼らは 何故 " NMS " を任されたのでしょうか、
それはそれ以前から楽器業界に関係していたからでしょう。

そして、 " NMS " の責任者という管理職に就きながら 会社を去り どこへ行ったのだろうか?

NMSとの関わりの中で、多くの取引先へ弦を供給し自社ブランドのリリースもしていたところへ、
舞い込んできたNMS社長の突然の不幸とチャンス、
1932年彼らは一旦 The Gibson Musical String Company を閉めて
 経営に注力したのではないだろうか?




Gibsonが言う様に 1932年以降 The Gibson Musical String Companyは
倒産していたとするならば、これがもっともつじつまが合う。 




一方 Gibson にとって NMSの大口取引先であった モンゴメリー・ワードの口座を開く
チャンスが 偶然にも1932年以降にやってくる。


Gibson ブランドのままでは市場価格に太刀打ちできない、彼らはブレーシングを
ラダーに変更したり装飾を落としコストを削減し遂にモンゴメリー・ワードの市場へと参入。


"Carson Robison model " としてGibsonの廉価版ギターを展開させます。

まるで ギブソン兄弟が口利きをしたかの様なタイミングです・・・・ 
単なる偶然???



もうひとつ・・・ モンゴメリー・ワードの楽器カタログですが、
1934年様々な種類のギターが掲載されている中で Gibson 製と思える
ギターはたったの一つのモデルしかない。(カタログ等参照)




 Carson Robison モデルだけで、どうにか食い込んだというのでしょうか? 
この大口を掴む為の営業は相当頑張りましたね ハハ



だって、自社ブランド名のギター(仕上げ)では、納品したくない
(コストも合わない)からといって、ブランドを取って販売ですよ。



そのために ブレーシングをラダーにしたのですよ・・・大量生産用ですね。



余談ですがもう会員の皆さんにはご承知の通りですが、
1934年のモンゴメリーの新発売モデルにもカラマズ-KG-14は現れません。

KG-14 は、やはり1936年の暮に市場投入されたモデルです。 
1930~31年にロバート・ジョンソンは このギターを持って写真を撮る事は出来ません。 




 fig-11 (1937年 モンゴメリーワード)





そして Gibsonは その後徐々にカラマズーの安物楽器を
大手モンゴメリー・ワードに納品し、アイテム数を増やしてゆくのです。

              "The Gibson Musical String Company" James Gibson, Frank Gibson


この兄弟は歴史の中に名を残さないが楽器業界にとって、
きっと大きな役割を果たしたのではないか?と想像せずにはいられない。
Black Diamond の120年の歴史の一コマです。  


1920s~1930s  Gibson Musical Strings Decal
     



* グラフトンでのParamount レコーディングスタジオ跡地の測量調査や
カーボンマイク用真空管アンプ・プロジェクト記事は後ほど・・・


      


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